未来に語り継ぎたい名馬
華麗でしなやかなダービー馬
スペシャルウィーク
1999年 ジャパンカップ
1995年5月2日生 牡 黒鹿毛
父 サンデーサイレンス
母 キャンペンガール(父 マルゼンスキー)
馬主/臼田浩義氏
調教師/白井寿昭(栗東)
生産牧場/日高大洋牧場(北海道・門別町)
通算成績/17戦10勝
主な勝ち鞍/99ジャパンC(GI)
99天皇賞・秋(GI)
99天皇賞・春(GI)
98日本ダービー(GI)
99阪神大賞典(GII)
99アメリカJCC(GII)
98京都新聞杯(GII)
98弥生賞(GII)
98きさらぎ賞(GIII)
馬名の由来:特別な週
世代・性別でほぼ偏りはない
●素晴らしいライバルたちと繰り広げられた名勝負の数々は今でも忘れることができません(30代・男性)
●チャンピオンロードを走り続けた名馬の鑑(40代・男性)
●天皇賞・秋の復活劇に体が震えました。土にまみれ傷だらけになりながらも王者になった格好よさがありました(30代・男性)
●強さと美しさを兼ね備えた名馬(40代・女性)
●圧巻のダービー制覇と数センチに泣いたグランプリ(50代・男性)
12年目となる名手に ビッグタイトルを贈った
17戦して10勝、2着4回、3着2回、着外は僅か1回。抜群の安定感もさることながら、様々なエピソードの持ち主でもあるのがスペシャルウィークだ。
99年には両グランプリ、すなわち宝塚記念と有馬記念で共にグラスワンダーの2着に敗れたが、春秋の天皇賞は制覇。とくに秋の天皇賞は直前の京都大賞典で自身初めてとなる掲示板外(7着)に敗れ、「もう終わったのでは?」と危惧される中で、見事に復活しての優勝だった。
また、続くジャパンCではその年の凱旋門賞馬モンジューらを下し、前年3着の雪辱を果たす優勝をしてみせた。
しかし、何と言ってもこの馬の輝かしいキャリアを語る時に外せないのは98年に制した日本ダービーだろう。
2歳の秋のデビュー以来、武豊騎手が跨り続けた同馬は4戦3勝で皐月賞に挑戦。ここはセイウンスカイの逃げ切りの前に3着まで追い上げるにとどまったが、続くダービーでは1番人気に応え、圧勝。2着に5馬身もの差をつけてみせた。
この勝利は、騎手デビュー以来、国内外で様々なビッグレースを制しながらもダービーだけは勝てないでいた武豊騎手にとって、12年目で初めてとなる偉業達成であった。
「普段はそんなミスはしないし、この時も慌てたつもりはなかったけど……」
最後の直線で鞭を落とした武豊騎手は、苦笑いしつつ、そう語った。更に彼はレース後、発熱し、数日間、寝込んでしまったと言う。日本一の名手をしても、知らず知らずのうちにプレッシャーがかかっていたのだろう。しかし、そんな重圧をモノともせず見事に突き抜けることが出来たのは、スペシャルウィークがそれだけ優れた馬だったからだ。
(文=平松さとし)