日本ダービーこと東京優駿は、競馬における最高峰の戦いであり、その栄光を手にした人馬は例外なく我々に希望や感動を与えてくれる。近年の勝ち馬を振り返ってみても、そこには様々な物語が存在していた。

興奮と感動を呼んだ末脚と帰ってきた天才騎手

キズナ

道中は後方から進んだキズナが、父ディープインパクト譲りの末脚を炸裂させ、勝利目前のエピファネイアをかわして勝利。ダービー最多勝記録を「5」に伸ばした武豊騎手を、14万人近い大観衆が祝福した。

本当に胸を打つ追い込みとはどんなものなのかを知った


今なお「ダービー史上に残る追い込み」と呼ばれる71年ヒカルイマイの末脚は、直線だけで22頭をごぼう抜きにした途方もないものだった。でも92年にフルゲートが18頭となったことで、そんな走りを見ることはもう物理的に不可能になってしまった。いつの間にかそう思い込んでいたのかもしれない僕たちは、しかしこの第80回ダービーで知ることとなる。本当に胸を打つ追い込みとは、どんなものなのかを。

節目の開催特有の華やかな雰囲気の中で行われた13年ダービー。先行抜け出しを武器に朝日杯フューチュリティSと皐月賞を制しているロゴタイプではなく、毎日杯、京都新聞杯をいずれも最後方近くから差し切ってきた、GⅠ初出走のキズナがわずかな差で1番人気に推されていたことは、ファンが何を見たがっているのかの現れだった。

そしてそんな期待に、キズナは正面から応えた。後方を進み、直線を向き、馬群の外に出されると、真一文字に伸び始める。1頭交わすごとに、見る者の視線がその漆黒の馬体に釘付けになっていく。長い長い、いつまでも続くかのような加速は、ついに前の馬たちをすべて抜き去り、先頭でゴールを駆け抜けた瞬間に終わった。

鞍上の武豊騎手はここ数年、勝ち鞍も、大レースの勝利も激減していた。そんな武豊騎手が、ディープインパクトの子供に跨ってダービーで追い込みに懸けたのだ。その姿には、何かを信じるということの本質が宿っていた。検量室前では、敗れた馬の関係者ですら、涙を滲ませてその勝利を祝福した。

勝利後のインタビューで武豊騎手は、スタンドを埋めた約14万人のファンに「僕は帰ってきました!」と言った。

父ディープインパクト、姉はファレノプシスという良血馬で、デビュー前から騒がれた。でも、本当は優等生なんかじゃない。じつは不器用で、しかし誰よりも熱くゴールを目指すことで、ようやく勝利に届いてきたのだ。

そんな馬と騎手が奇跡的にシンクロした、紛れもなく「ダービー史上に残る追い込み」だった。